月別アーカイブ: 2019年12月

「日本は敵、北朝鮮は友!」 韓国“反日教育”の実態を現役高校生が暴露!

「僕たちが通う仁憲高校では、

反日行為の強要が日常的に行われてきました。

 

先生たちは社会通念上、決して許されないことを

言っても、それが反日を煽るものであれば、

全て正しい教育であるかのように振る舞ってきた。

仁憲高校は教師の支配下にある、

『反日マシーン養成所』なのです」

こう語るのは韓国・ソウル市にある

仁憲高校3年生の金花浪君だ。10月23日、生徒たちが

「反日行為を強要された」として仁憲高校の

「反日教育」を批判する会見を開き、

韓国内でも大きな話題を呼んだ。

 

今回、同校3年生で、生徒たちが立ち

上げた団体「仁憲高校学生守護連合」の

代表である金花浪君とスポークスマンの

崔仁鎬君の二人が初めて日本メディアの取材に応じ、

弁護士同席のもと、反日教育の実態を赤裸々に語った。

反日スローガンを叫べ!

彼らが会見を開くきっかけとなったのは

10月17日に校内で開かれたマラソン大会だった。

 

教師が生徒に対し、「安倍自民党は滅亡する!」、

「日本の経済侵略に反対する!」など

反日スローガンを叫ぶことを強要したという。

 

崔 反日スローガンの書かれたポスターを持たされ、

大声で叫べと言われ、生徒たちは

従わざるをえなかったのです。

 

金 マラソン大会は1、2年生が参加した行事ですが、

疑問に感じた後輩が動画を撮影していて、

僕たちに相談をしてきたのです。動画を見た僕と仁鎬はすぐに

抗議の声を上げることを決意しました。

 

金君と崔君が抗議の声を上げると、

多くの生徒からマラソン大会以外にも

反日行為を強要された事例が数多く寄せられた。

そのほとんどは授業の場で日常的に

行われてきたものだという。

 

金 歴史の先生たちからは、「日本は敵で、

北朝鮮は友人だ」と考えている様子が

ありありと感じられました。

 

「日本は昔の軍国主義が頭を離れず、

世界を征服したがっている。アメリカと

日本は韓半島を分断させ、南北統一されることを

妨害しているんだ」といったことを平気で言いますから。

ありえない妄想ですよ。

「不買運動やってるか?」

今年7月に日本が対韓輸出規制を

行って日韓関係が悪化すると、

教師による反日行為の強要も

エスカレートしていったという。

 

崔 僕が国語の授業が始まるのを待っていると、

教室に入ってきた先生が開口一番、

「お前ら、ちゃんと日本製品の不買運動をやってるか?」と

聞いてきたこともあります。

 

その先生は以前から個人的に

不買運動を実践してきたそうですから、

生徒に対しても、「当然、やるべきだ」と

圧力をかけてきたわけです。

 

不買運動のターゲットにされたのは、

韓国全土で100店舗以上を展開するユニクロだ。

 

崔 やっぱり先生の影響力は大きいからね。

よくわかっていない生徒は、

「私もユニクロを買うのをやめます」と

言っていたよ。

 

ほかにも、どれくらい反日製品の

不買を実践したか、一人ひとりに

発表させる先生もいました。

 

金 ユニクロは日本企業の代名詞と

してよく批判されることがあるけど、

ユニクロ側に問題があるとは思えません。

 

ちょっと反日感情がいきすぎてる気がするけど。

崔 だけど、ユニクロを毛嫌いしてる

子なんて少数じゃないかな。

 

僕はユニクロで買い物をしたことが

ないけど、いい商品があれば着ると思う。

いまは好みの服が売ってないだけで(笑)。

 

金君は「文藝春秋」の取材に応じた理由をこう説明した。

金 僕らは隣同士の国ですから仲良くした方が

いいに決まっている。韓国にも僕たちのように、

韓日関係を改善したいと願っている人や、

いきすぎた反日行為に眉をひそめている人は

たくさんいます。

 

それを知ってもらいたいと思って、

今回、日本メディアの取材を受けることにしたのです。

 

「文藝春秋」1月号および「文藝春秋digital」掲載の

「 韓国高校生は『反日教育』に反対します 」では、

金君と崔君が抗議の声を上げるきっかけとなった

マラソン大会当日の様子や、

仁憲高校の教師たちが大学受験を

「人質」にして反日行為を迫った実態に

ついて詳述している。

米津玄師がプライベート暴露に絶望 「すごく孤独な気持ちになる」と告白

菅田将暉の楽曲「まちがいさがし」の
プロデュース、アニメ映画

『海獣の子供』へ主題歌

「海の幽霊」の提供など、

精力的な活動が続いている米津玄師。

 

そんな米津玄師が「Lemon」の記録的な大ヒット、

『第69回NHK紅白歌合戦』などを

通して国民的なスターへと祭り上げられたことに

<すごく孤独な気持ちになるんですよね>と語っている。

 

この発言は米津玄師が表紙巻頭を飾る

「ROCKIN’ON JAPAN」(ロッキング・オン)

2019年7月号のインタビューでのもの。

 

詳しくは後述するが、「Lemon」

のヒット以降、米津玄師は何度も

何度も週刊誌によりプライバシーを

暴かれる被害に遭ってきた。

 

そして、そういった記事を喜々として

消費したのは、彼に対して悪意をもっている

人だけではなかったことに、

米津は絶望したのだという。

 

<俺のことを好きな人までもが、

それを結構喜んでたりするんですよね。

それがいかに俺の個人的なリソースを

圧迫しているかどうかというところまで

考えが及んでいない。それが理解できない>

 

事務所社長との交際疑惑
彼のプライベートを暴く記事の始まりは、昨年11月29日発売「女性自身」(光文社)と言えるだろう。

記事は、深夜に米津が20代の女性と都内のカフェレストランに3時間ほど滞在していたことを写真付きで報じたうえ、それとは別に、所属事務所社長の女性との疑惑を書き立てた。

 

この女性は、楽曲製作に没頭するため

引きこもりがちな米津の生活をサポートするため、

米津の自宅マンションに深夜まで

滞在することがあるという。

 

このことから、米津との

“同居”を疑う記事を出したのだ。

 

週刊誌記者が米津玄師の実家をゲリラ訪問
翌年1月10日発売の「週刊文春」(文藝春秋)も

同じような記事を掲載。同誌では、

 

所属事務所社長の女性が私生活の

パートナーだった過去があり、

半同棲状態だったこともあると報じていた。

 

さらに「週刊文春」の記事は

これで終わりではなかった。

 

なんと、正月明け早々、「文春」記者が

米津の実家をゲリラ訪問しているのだ。

1月6日に記者が出向き、

『紅白歌合戦』の感想を聞いている。

 

記者による<紅白はどうでした?>との

質問に対し、父親が<私、紅白、見てないんで。

関心がないんで!>と会話を切ろうとする一方、

母親は<いえいえ、そんなことはないんですけど。

私たち両親は温かく遠くから見守っていくだけです>と

場をおさめようとしながら、

 

<取材はお断りしてくださいということなので、

すみません>と、丁寧に拒否。

事務所から取材は止められていることを理由に、

それ以上の回答を控えた一部始終が、

同誌には掲載されている。

 

米津本人への取材であれば、100歩譲って

許される場面もあるかもしれないが、実家にまで

押し入ってプライバシーを蹂躙するような取材に、

実りはあるのだろうか。

 

高校時代の卒アル写真を掲載
4月23日発売「FLASH」(光文社)もひどかった。

「FLASH」は米津が高校生のときの修学旅行、

体育祭、卒業アルバムの写真を掲載。そして、

中学・高校の同級生や近隣住民への取材から、

学校では内にこもりがちだったという“青春時代”を

ほじくり返したのだ。

 

記事によると、昼休みはいつもイヤホンを

つけて音楽を聴いている大人しい生徒であった一方、

音楽に関しては強い野心を抱いており、

<俺は将来、絶対売れるんで、写真を残したくない>と

周囲に語ったことがあるという。

 

この発言があるうえで卒アルの写真を

載せているのだから、悪意としか言いようがない。

 

珍獣扱いされる米津玄師
米津はビジュアルイメージを含め

徹底したコントロールのもとでメディア露出を

展開しているのでミステリアスなイメージがつきやすい。

 

前掲「ROCKIN’ON JAPAN」では<謎な人間みたいな。

テレビに出て一言しゃべったら『しゃべった!』って

言われるぐらい(笑)><いや、

しゃべるだろうがっていう(笑)。

 

そういう珍獣みたいな扱いを受けてるのが、

ほんとに嫌なんですよね>と語っているが、

週刊誌が面白おかしく彼のプライベートや過去を

暴こうとするのは、そういった謎めいたイメージがあるというのも大きいのかもしれない。

 

しかし、米津はこういった現状に負けて内に

内にこもろうという気はないようだ。

彼は<悪意を持った人にも、片や自分のことを

好きな人に対してまで、いろいろなことを思ってしまう。

で、どんどん自分が孤独になっていくというか。

そういう悪い、負の連鎖にだけは

絶対に押し入らないようにしたいと思う>

としたうえでこのように語っている。

 

<これからの人生は、もっとより誰かを信用していくという、

誰も彼も疑わなければならないような環境にいるからこそ、

より誰かを信用して生きていくってことが

大事なのかなというふうに今は思います>

 

米津は前向きな捉え方をできているが、

それでも傷ついていることは紛れもない事実だ。

週刊誌のプライベート暴きに報道としての価値はあるのか、

メディアは立ち止まって倫理観を見直すべきだろう。

城島健司氏ソフトバンク復帰、球団会長付ポスト新設

 

ダイエー(現ソフトバンク)

大リーグのマリナーズ、阪神で

活躍した城島健司氏(43)がソフトバンクに

復帰することが17日、分かった。

 

球団は、球団付または球団会長付の

ポストを新設し、アドバイザーに

就任する方向で最終調整している。

 

同氏は99年の福岡移転後初優勝などに貢献。

日米でのプロ18年間の知見を球団で役立てる。

05年以来15年ぶりの復帰で、

 

4年連続日本一へ強力な「補強」となりそうだ

 

元ヤクルトのバレンティンを

2年総額10億円で獲得したばかりのソフトバンクが、

選手以外でも「補強」を進めていた。

 

ダイエー時代から日本一を攻守で支えた

城島氏をサポート役として迎え入れることが

明らかになった。

 

肩書は球団を総合的にサポートする

アドバイザーになるとみられる。

 

同氏は王球団会長が監督に就任した

95年からダイエーでプレー。

 

99年の初優勝と日本一、00年のリーグ

連覇に貢献した。03年の阪神との日本シリーズでは

日本一を奪回し、MVPも獲得。卓越した打撃力と、

捕手としては巧みなインサイドワークで鳴らした。

 

マリナーズでもマスクをかぶり、09年WBCでは

日本の世界一を支えた。 球団は、城島氏が

12年に阪神で現役を退いた後

 

将来の監督候補として調査を

進めた経緯がある。

 

指導者としての素質とリーダーシップを評価し、

今年に入っても王球団会長は同氏について

「そろそろユニホームを着た方がいい」と

球界復帰を希望していた。

 

孫正義オーナーが掲げる

「世界一のチーム」へ向けて

今オフはバレンティンを獲得。

 

リーグ最多183本塁打の

打線にシーズン60本塁打(13年)の日本記録保持者

加えてなお、三笠GMは「我々は常勝軍団として

強くなるための十分な準備は必要」と話していた。

 

その姿勢はチームだけでなく、

フロントを含めた球団全体に及び、

城島氏の入団はその一環とみられる。

 

近年の城島氏は趣味の釣りを続け、

テレビ番組にも出演するほど。

 

ただ、野球への情熱は消えておらず、

昨年2月はOB戦で13年ぶりにダイエーの

ユニホームを着てプレー。

 

今夏は高校野球福岡大会に足を運び、

近大福岡の内野手としてプレーした

長男優太(3年)の最後の試合を見届けていた。

 

その際は「3年間、野球をやっている姿が見られた。親孝行ですよ」と野球人としての父親の顔を見せていた。

 

工藤監督とはダイエー時代にバッテリーを

組んだ仲で、超一流の捕手に成長していく過程をともに

した経緯もある。「ジョー」の愛称で親しまれ

 

地元福岡では今なお、圧倒的な知名度、

人気を誇る城島氏がホークスに帰ってくる。

 

◆城島健司(じょうじま・けんじ)1976年

(昭51)6月8日生まれ、長崎県出身。

別府大付(現明豊)から94年ドラフト1位で

ダイエー入団。強打の捕手としてリーグを代表する捕手に育ち、

99、00、03年の優勝に貢献。05年オフFAでマリナーズ移籍。

 

09年オフに阪神で日本復帰。4年契約の最終年を

待たずに12年限りで引退した。03年パ・リーグMVP。

ベストナイン6度、ゴールデングラブ賞8度受賞。

 

日本14年間で1323試合で打率2割9分6厘、

244本塁打。メジャーでは4年間で462試合に出場。

現役時代は182センチ、89キロ。右投げ右打ち。

 

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